言葉と地名

 地形表現を基本に据えた「地名」を収集して分析すると、この国土の際立った特徴といえる「急峻な山、深い谷、崖」の表現に、「打つ、欠く、切る、裂く、取る」など、ものを壊す意味をもつ四段(五段)活用他動詞…目的語を伴う動詞…を使った様子が浮上します。
 この動詞群に、語尾を四段に活用しても意味を変えないルールを定めて、次に続く言葉と『掛け言葉』でむすぶ便宜を計り、言葉を『開音節:語尾に必ず子音を置く』構造にした、簡潔さの中に多様性をもつ手法は、縄文時代前期に創られた可能性があります。
 破裂音といわれる硬い「Ka, Tsa, Pa」行を多用した他動詞に対して、柔らかな「Na, Ma」行の発音をつかう「湿む、濡る、蒸れる」などの自動詞…目的語を伴わない動詞…を水辺、湿地を表わす地形語に使うのも見事なものです。日本語の原型をつくった人々は、自然音・自然地形を根幹に据えたところが重要です。

 京浜東北・山手線には、「鶴見、鶯谷、巣鴨」「新杉田、桜木町、浜松町、蕨」という動植物名が使われています。ここも大事なところで、地名と言葉は同じ方法で命名した様子が判ります。地形表現を基本につけた地名は命名年代をおおよそ推理できますので、ここから、文字と文献がなかった時代の言語発展の経緯を浮上させます。


第三章 『言葉と地名』 PDFダウンロード
 地名には、私たちの生活に密着した市町村の「字名」の他に、山・峠・川・岬・島などにつけた「自然地名」があります。これらの地名群の命名年代が、微妙に異なる様子をお目にかけます。次に、この中で命名年代が最も新しい「峠名」を選定し、峠に多用された「桜、杉、梨ノ木、桧、榎、松ノ木」などの樹木名、すなわち「言葉」の意味と「地名」を対照して、二音節の四段活用動詞を『掛け言葉』で結びつけ、ものの特性・地形を表現した様子を再現します。
 きわめて高度な造語法は、約6,000年前の縄文時代前期には誕生していたようで、弥生時代に最高レベルに到達しました。しかし古墳時代後期以降に、朝鮮半島の戦禍をさけて渡来した人々が列島の中心勢力になったため、命名法は次第に忘れ去られました。
 さらに一字で二音を表わす漢字を当てる『好字二字化令』を和銅6(713)年に公布した奈良時代以降、地名の意味が全く判らなくなったようです。文明の象徴といえる「文字の採用」が、古代文化を消滅させたのは皮肉な現象です。
 これは現代に伝わる地名を分析した結果ですが、『日本書紀』『續日本紀』に載る国名・郡名を検証して、律令国家『日本国』の誕生が、奈良時代が始まる20年前、690年秋であった史実を提起します。律令制度の根幹にある「公地公民制」「国郡郷制度」実施に、氏名と地名に漢字の使用が不可欠だったところが重要です。

第四章 『地名考古学』 PDFダウンロード
 地形を表現した地名は、山間地域の一部を除き、飛鳥時代以後にほとんど命名されていないようです。そのため、文字を活用した奈良時代以後の文献を調べるだけでは、地名の命名法則は解りません。そこで文献ではなく、現代に残るおなじ種類の地名群、たとえば「岬、島、峠、山、川」を、昭和50(1975)年前後の国土地理院の5万分の1地形図から取り出し、都府県別、地方別、アイウエオ順に整理した地名資料を造り、ここから地名の創作法、命名年代の推定を行ないます。資料は『地名資料 Ⅱ~Ⅵ』として提示しました。
 たいへん有りがたいことに、約1,500年前に解らなくなった言語の資料…『地名』…が、我が国では『言霊』と崇拝され、昭和時代まで丁重に継承されていたのです。さらに四方が海の島国では、約1万5千年前に始まり、6千年前をピークに2千年前に終息した、氷河期から後氷期へ移った地球温暖化→気温降下により、海水面が約130m上昇し、5m下降した『縄文海進→海退』という海岸線の大変動が起きました。
 この縄文海退の様子が全国の地名に残されていますので、「岬、島」名を中心に置いて、海岸線の変化と地名の対応を検証します。岬名(広義)には「崎、岬(狭義)、鼻、崎鼻」という四種類の表現があって、すべて命名年代が違っています。この地名群に「島、峠」の自然地名、字名を交えて、各地名群の命名年代を考えるのが本章です。

第五章 『日本語のリズム』 PDFダウンロード
 前章では10種類の地名を集計・分析して、字名の「嶋、埼、花、阪、腰」地名群を縄文時代、自然地名の「島、崎、鼻、峠、越」名群は、縄文~弥生時代の命名と推理しました。本章ではさらに「郡、市町村、旧国鉄の駅、延喜式内社」全数の集計を加え、地名に使われた漢字の分析を行ないます。約3万例の地名に使われた漢字は1700文字に集約されて、いま使用される常用漢字が、「1945文字」と規定された事実に納得がゆきます。
 50音を基本におく地名は、「茨城、埼玉、神奈川」のように四音節をとる例が多いことは広く知られます。命名時に4音節の地名が50音を任意に選びうると仮定すると、50×50×50×50=625万種の地名ができるわけです。ところが、数千万にのぼる我が国の地名は2000字以内の文字で書き表せるのです。ここに、何らかの規制が加えられているのは確実ですので、地名の使用例を基にして「a,i,u,e,o」母音の並べ方に独特の配列法則があることを浮上させました。
 これを『倭語の韻律(リズム)』と名づけて、縄文→弥生時代に微妙に変化した様子と、和歌・俳句だけでなく、現代日本語に継承されている事実を検討いたします。